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1980年に登場

“PTSD(PostTraumatic Stress Disorder,外傷後ストレス障害)”は、1980年に米国精神医学会が発表したDSM-Ⅱの中に、不安障害の会カテゴリーとして登場した診断概念です。

DSM-Ⅲ及びDSM-Ⅲ-Rの日本語版では「心的外傷後ストレス障害」と翻訳されていましたが、後に開発された国際疾病分類第10改訂版(ICD-10)やDSM-Ⅳでは、言語により忠実に「外傷後ストレス障害」と訳されています。

外傷(トラウマ trauma)とは、「人間の精神にとっての圧倒的な体験(個人の対処能力を超えた)によって、心的メカニズムに半ば不可逆的な変化を被ってしまう事」であり、ある医師の定義では「過剰な刺激により、人間の心が持っているある種の防護壁(「刺激障壁」)が壊れてしまうこと」となります。

それ以前の歴史

トラウマとそれに関連した精神神経症状に関しては、19世紀末より「外傷性神経症」、「戦争神経症」などの疾患概念として取り上げられ、主にそれが心因的なものかどうかについて、様々な論争が行われてきましたが、1970年代の米国におけるベトナム戦争帰還兵を対象とした研究の中で新しい疾患概念としてPTSDが結実していきました。

PTSD概念の大きな特徴のひとつとして、その疾病概念成立の背景に多くの生物学的研究成果があることがあげられます。トラウマは概念は戦争や自然災害、大規模人的災害などの非日常的な出来事から、暴力犯罪、性暴力、虐待、交通事故など、一般市民にとってより日常的な出来事にまで拡大してきました。
この間、DSMの診断基準のひとつに「持続的な覚醒亢進症状」が一貫して設定してあるのは、慢性的な生理学的障害としての理解が本障害が独立した疾患概念として成立してきた裏づけとなっています。
また、もうひとつの背景として、ベトナム戦争帰還兵問題やレイプ、性的虐待の被害者な米国の抱えた社会問題があり、本概念の成立には社会的問題も大きく絡んでいたことも指摘できます。

日本では1995年から認知が広まる

DSM-ⅢでPTSDが新しい病気として記載されても、さほど関心を呼びませんでした。
当時、PTSDに言及した論文は殆どありません。
日本が一般的にPTSDの存在を認めるようになったのは、1995年1月阪神淡路大震災、そして同年3月の地下鉄サリン事件からです。以後、地震や噴火などの自然災害、無差別テロや飛行機事故などの人的災害において、医師たちはPTSDを認め、それらに関する論文が多数書かれるようになりました。


参考文献:臨床精神医学講座 外傷後ストレス障害(PTSD) 松下正明/総編集