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◆アダルト・チルドレンとは

「アダルト・チルドレン」という言葉は、最初は「アルコール依存家族の中で育った人」との意味合いで使われましたが、そのような人たちに共通している問題は、「自分が『役に立つ子』あるいは、『親にとって都合のいい子』『優秀な子』であれば、自分はこの家の子供であることが許される」という感情体験の中で育っていることです。
こうした体験の課で育った子供たちを、「チルドレン・オブ・アルホコリック」といったり、彼らをはぐくんだような家族のことを「ディスファンクショナル・ファミリー(機能不全家族)」と言い、その子供が思春期以降に達した状態を「アダルト・チルドレン」と呼ぶわけです。

おうちが壊れないように一生懸命壁を支えるような役割を果たしてきた子供たち、あるいはその結果、家族の外での人間関係が分からなくなってしまったり、クラスや職場で力、自尊心がないことを見抜かれて、いじめの対象になるひとたち、そういう人たちのことをアダルト・チルドレンといいます。

◆奪われた力

アダルト・チルドレンとは力を奪われたものです。
力を奪われたものは、奪われた力を取り返さなければなりません。
では、その奪われた力とはいったいなんでしょうか。
一言で言えば、自尊心です。
「自尊心」、「奪われた力」と言われてもピンとこないかもしれませんが、考えてみると、私たちが何とか今日一日を送る事が出来るのも、一年先の自分について色々と思い巡らすことができるのも、私達にある程度「生きている価値がある」、「私はこれでいいのだ」という自尊の感情があるからです。
この感情がなければ、私たちは自分の人生を見失いますし、何らかの過剰な形で力の確認をしなければならなくなります。

アダルト・チルドレンたちは、自分の中に価値を見出していないわけではないのですが、その価値はいつも、「人の役に立っているか」、「自分のやっていることが、他人に十分にに応えているか」という深い懸念と不安の中で、ようやく確認されています。
それはまるで毎日毎日試験を受けている生徒みたいなもので、「これでいいんだろうか。これならなんとか合格だろうか」という不安の中で毎日を暮らしています。

このような不安に疲れたとき、彼らは力と言うものを誤解して、自分の中に蓄えようとします。
その力とは、腕力であったり、社会的な地位であったり、収入であったり、あるいは姿形の美醜であったりします。
そのようなものに過剰にこだわって、自分にこれだけ腕力があれば、金力があれば、美しければ、やせていれば許されるだろうと、無限の不安の中で自分の力を確かめようとします。


参考文献:斉藤学公演集<Ⅲ>心の傷の癒しと成長

関連文献:サバイバーとスライバー