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指しゃぶり、性的自慰などの自体愛的な行為の先には、性的欲求充足という目標がそれほどはっきりしない一連の行為に関する嗜癖があります。窃盗や買い物依存もこれに入ります。

もっとも、これらの行為が嗜癖と呼ばれるためには、快楽追求に固有の貪欲さと有害性が確認される必要があります。このことは薬物の乱用・依存の場合は自明のこととして、あまりに問題にされないようですが、行為過程全般について、それが嗜癖か否かを見る必要がある場合には、重要な分岐点になります。

かつて、窃盗壁が性的快楽追求とわかりやすい形で結びついていた青年について報告したことがあります。
彼は電車の中で痴漢行為を繰り返し、射精しながら、その相手の持ち物を盗んでいました。あるとき、盗品が財布で、その中に五万円入っているのにびっくりした彼は、それを交番に届けてつかまってしまいました。彼の場合、盗みは”経済行為”ではなく、幻想上の性的パートナーからの”愛の証”のような意味を持っていたのでしょう。彼はこの悪習慣の貧欲性に悩み、自ら治療を求めてきました。

窃盗壁とのかかわりでもうひとつ注意しなければならないことは、嗜癖者には稀ならず「懲罰されることへの願望」があると言うことです。自己評価の極端に低い彼らは、自己を「不当にも罰を逃れているもの」とみなし、この文脈の中で犯罪や裏切りを行います。摂食障害者に頻繁に見られる窃盗癖はほとんどこれに由来していますが、これもまた願望の充足と言う点で倒錯しているとはいえ快楽追求の一環であるし、それゆえにこそ、貧欲をあらわにして好意にふけるのです。

犯罪の中には、快楽犯罪としか言い様のないものがあります。金目当てではなく、報復のためでもなく、快楽のために行う犯罪としては、放火癖や一連のせい倒錯に伴う犯罪があります。こうした犯罪者のうちの一部(もちろん氷山の一角にすぎませんが)と接していて思うのは、一見わかりにくい彼らの犯罪もまた、愛を求める行為の歪曲された表出であると言うことです。


参考文献:ココロのブラックホールうつとアディクションの病理:斉藤学他