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低い自己評価による過剰な依存

人間にとって依存(嗜癖)が「愛着する欲求」の代替物だとするなら、愛着や性的接触そのものの嗜癖化ということも有りうるのではないでしょうか。
そのときには、脳内麻薬物質の分泌による興奮も生じていると思います。
ただし、嗜癖と言うからには、それが合目的性を欠いて、貧欲に、脅迫的に繰り返され、快楽追求としての性質を持っていなければならないし、全体としてその人の安全や幸せを危険にさらすという有害性の確認も必要でしょう。

こうしたタイプの嗜癖として、性愛嗜癖、恋愛嗜癖、共依存があげられます。

性愛嗜癖

性愛嗜癖=セックス依存症と言われています。

この場合、その相手との人間関係そのものは空虚である場合が多く、人間関係の深まりを回避するように、次々とパートナーを変えることが多いのです。

彼らは相手の欠陥や裏切りを理由だと言いますが、実際には彼らのほうで関係を切るか、切らざるを得ないように相手を操作しています。

こうした忙しい人間関係の基盤にあるのは、嗜癖者に固有の「低い自己評価」です。
彼らはしばしばナルシスト(自己愛人格者)ですが、もともとナルシシズムは自尊心の欠如に由来する外面誇示なのであって、その裏には、他人の評価に常におびえる寂しい心があります。
自分には価値がない、だから自分に近づいてくるものは、自分を欺いて利用しようとする悪人か、自分の低い価値を見抜けない愚か者と考えてしまうのです。嗜癖者は、見捨てられる不安を何よりも怖がっていますので、その結果として、相手に捨てられる前に自分から相手を捨てることになります。

恋愛嗜癖

特定の人物を、空想上の恋愛対象として、その人にまとわりつくようになると、”ストーカー”と呼ばれて迷惑がられることになりますが、つきまとい行動そのものは、行為過程の嗜癖の中に含めるのが適切でしょう。
この種の人々には、かつてヒステリー転換症状と呼ばれ、現在は身体化障害と呼ばれるようなさまざまな身体的・神経症的トラブルがよく見られます。

共依存

以上の二つに比較して、共依存は少々わかりにくく思われます。
これは、自己の空虚感を他人への世話焼きによって埋めようとする嗜癖です。
周囲や医療関係者から嗜癖と認められている人そのものよりも、その配偶者やパートナーに見られるものですので、共依存という名称も、アルコール依存にかかわる医療従事者の中から生まれました。

例えばアルコール依存症者の世話を焼いて、病院に連れえてくる妻などが共依存者です。
こうした世話焼きをする人が傍にいると、嗜癖者はなかなか回復しようとしませんので最近の嗜癖治療では、まずこうした「イネイブラー(支え手)」への対応を変えてもらうようにお願いすることが大切に名手います。
しかし、これがなかなか難しく、そのため、彼らもまた脅威損という嗜癖の罹患者なのだという考え方が生まれて、そうした人々への治療が工夫されるようになりました。

実際に治療に当たってみると、そうした人々の中には、暴力的なアルコール依存症の夫に叩かれたり、罵られたりしながら、夫を支え、子供に尽くしている献身的な妻や母親が多いものです。
頭が下がる思いはするのですが、彼女たちの多忙な生活の中には、自らの欲求について考えたり、ましてそれを満たそうとするようなゆとりはありません。
「まず、五字分の幸せを第一に考えてください」というのが、私たちの助言になるわけです。

嗜癖者どうし、ないしは嗜癖者と共依存症者という夫婦を親として育った成人のことを、「アダルト・チルドレン」と呼ぶことがあります。
これもまた治療の現場の中で自然発生した用語で、こうした夫婦とその子供たちのケアや治療に当たっている立場か見ると、どの共依存症者にもアダルト・チルドレンにも共通した特徴が認められるものです。

アダルトチルドレンは親たちの混乱に巻き込まれながら、親たちを心配し、親たちの期待に沿うことばかりを考えて生きてきた子供であった人々であり、「子供時代」というものをもてなかった人々であり、決して与えられることのなかった親の愛と関心に植えたまま大人として生きている自己評価の低い人々です。

嗜癖は家族の中に繁茂(はんも)するものですので、嗜癖者の治療は、いずれかの局面で家族介入ないし家族治療に接合せざるを得ないものだということを強調しておきたいと思います。

そのような視点で見ると、嗜癖者そのものも、アダルト・チルドレンであることに気づかされます。
この人々に固有の自己評価の損傷にどのように対応するか、嗜癖者を抱えた家族の中の子供たちが必要としている援助をどのように届けるかということが考えられなければならなくなります。


引用:ココロのブラックホールうつとアディクションの病理:斉藤学他