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■解離(管理人談)

解離は幼児ほど強く発揮され、普通の人でも日常に使われる人間の能力のうちの1つです。
その為、軽度の解離体験は直接外傷の既往を持つことなく生じる可能性があります。

病的でない解離の例としては
「高速道路を運転中、話をしながら車線を移動する能力」(主治医談)、
「空想にふける、ぼーっとする」、
「何かに集中し過ぎてまわりに起こる出来事に気付かない」、
「ぼーっとしていて時間の経過に気付かない」、
「考え事をしていて話しかけられても気付かない」、
「白昼夢」(侵入性の解離)、等。

病的な解離の例としては
「殴られているのに痛みを感じない」(痛覚の解離)、
「自分の身に起こっている事が他人事のようにしか感じられない」(離人感を伴う解離)、
「行動した形跡があるのに記憶が無い」(解離性健忘)、
「まるで自分に起きていることが夢のようでとても現実だとは思えない」(現実感の喪失)、
「気付けば知らない場所にいるが、どうやってここまで来たのか記憶が無い」(解離性遁走)、等。


■解離とは

「意識、記憶、同一性、又は環境の知覚といった通常は統合されている機能の破綻*1)

と定義されています。
けれど全ての解離が病的なわけではありません
解離は日常的で非病的な現象から、重症で病的な現象までの連続体であると考えられています。

・例えば、日常的非病的解離現象
 → 白昼夢や一過性の軽い離人症

・一方、病的な解離の極(解離症状)には、
 → 大幅な生活史の健忘や人格変換など

■打撃や苦悩を回避するための「防衛手段」

「解離性障害」の「解離」はばらばらになることで、「分離」とほぼ同じような意味合いの言葉です。
解離するのは”自我”で、たとえば大きな災害に遭い、その危機的状況に自我が耐えられそうに無いとき、防衛手段として解離と言う方法が選ばれるのだと考えられています。

自我―いいかえれば「私」―と言う意識が解離すると言う事は、その自我を成立させている記憶、意識、運動、資格や触覚などの感覚が損なわれ、正しく機能しなくなる事を意味します。

自我はばらばらになることで、危機的な出来事をとりあえず意識せずに済んだり、注意を他にそらせたりすることが出来るのですが、このような現実への対処の仕方は、障害を引き起こす事になります。

→解離は、ある種の条件下では七つの主要機能を行いやすくします。

  1. ある種の行動の自動化
  2. 仕事の能率向上と経済化
  3. 和解できない葛藤の溶解
  4. 現実の拘束からの逃避
  5. 破局体験の切り離し
  6. ある種の感情のカタルシス的排泄
  7. 群れ感覚の増強(例えば、個人の自我をグループのアインデンティティや個人を超えた被暗示性の世界などの中に埋没させる)

*解離は、強い情動体験により意識の統合性が一時的に失われるために起こると考えられています。

意識に解離が起き、心理活動の統合が失われると解離性遁走をおこしたり、

更に人格の交代が起こって解離性同一性障害を起こします。

後に健忘を起こし、時に全生活史健忘となります。

解離の考察

解離 Dissociation:“Dissociation”という言葉は、解離のプロセスを経ていない多種多様の精神状態を説明するために誤用されてきた経緯があります。この言葉はラテン語から来ている。DISは“not”を表しており、Sociareは“To Join”を表しています。
Dissociate(解離)とは、“共同や結合から解かれて離れている”状態ということが出来る。故にこれは、精神的外傷以前には一つであった何物かが二つに分かれたことを意味するのである。
この言葉を精神病理学的に用いるならば、私たちは人間の子供がすべて生まれながらにもっている心の二つの部分に思い至らなければなりません。
不幸にして英語を含むヨーロッパの言語にはこれら二つの言葉を指し示す単語が存在しません。
だからこれらのコンセプトを言語で語るのは非常に不都合です。
一方、日本人はこれらを理性と感情と呼んでいます。
紀元前300年頃、ギリシャの哲学者プラトンはこれらを“合理的な魂”と“不合理な魂”と呼びました。
MPDにおいては、この二つの部分を「ISH」と「オリジナルパーソナリティ」と呼びます。
当然ですが、MPDではなく統合された人間において、それらは“Intellectual Self(理性)” と“Emotional Self(感情)”になります。


・小児期の外傷体験による解離の説


■解離性障害の構造化面接(SCID-D)、つまり、解離性障害の主な症状には

・解離性健忘、遁走
忘却と健忘の違いNEW!!
キャリーの場合(一過性の解離性遁走)
レジナルドの場合(頻繁な解離性遁走)

・離人症性障害

特定不能の解離性障害

・解離性同一性障害(多重人格障害)

他にも、
・解離性転換性障害
・解離性昏迷
・解離性運動障害
・解離性知覚麻痺
・解離性幻覚性障害

と種類は多様です。
(これらの項目は特定不能の解離性障害に分類されています。)

◆生き抜いた証として得たもの、解離。

解離とサバイバー

資料

病的解離における症状集団
病的解離を持つ児童/青年の症状と行動


◆受診のめやす:症状に気づきしだい、周囲の人が受診させる。

本人が症状を自覚できる場合(解離性健忘、解離性運動障害、解離性知覚麻痺)と、

自覚できない場合(解離性遁走、解離性昏迷、多重人格{解離性同一性}障害)があます。

前者のうち、解離性健忘の患者の多くは、自分の症状を気にかけないので、自ら病院にいくことは無いでしょう。(管理人の場合もそうでした)

自然に全快する事が少なくないのですが、健忘が進む恐れも一部にはありますから、受診する事が進められます。

解離性運動障害、解離性知覚麻痺の患者は受診に積極的です。

後者の患者は、障害の自覚を持たないため、通常は家族など周囲の人が受診させる事になります。

しかし、遁走の場合、患者は自分個人についての記憶を失い、その事にさえ気づかないのですが、気持ちは平静で、日常的なことは普通に行えるため、見ず知らずの人の間では障害に気づかれません。

2,3日で自然に回復する事もありますが、長期化して全く別の人生を始めるような例もあるので、家族は捜索願のような手段を講じる事になります。

解離性昏迷と多重人格(解離性同一性)障害では特異な症状が現れるので、家族は気づきやすいでしょう。

多重人格(解離性同一)障害といえば、劇的に変わるドラマのワンシーンを思い浮かべるかもしれません。

そのような瞬間目撃しないまでも、「人が変わった」「様子が変だ」「気分があまりにも変わりやすい」といったことで、家族は異変を感じ取ることが出来ます。

いずれにしても、気づいたら程度のいかんに関わらず、すぐ受診する事が望まれます。

  →総合病院の精神科、神経科、精神科クリニック


◆日常生活で求められる家族の対応:医師の指示に従い、静かに見守る

家族は原因を問いただしたりせず、医師の指示に従い、静かに見守る。

「なぜ、こんなおかしなことをするのか」などと不思議に重い、その理由を根掘り葉掘り聞いたりしてはいけません。

多くの場合、本人にとっては耐え難いような出来事がきっかけとなって(その事を忘れたいがために)障害が起こっているのです。

原因の究明は意思にまかせ、指示に従いながら静かに見守りましょう。

→特にしはいけないこと。

・問いただす
・責める
・避ける
・からかう

私はこれらをさまざまな形で受けました。
もしあなたが解離性障害を持つ患者さんの家族なら、絶対に、絶対にしないでくださいね(T_T)


参考文献・HP:西東社「心の病気」齋藤英二 監修、
「精神科治療学論文集<心的外傷・多重人格>論文集」
ラルフ・アリソン氏HP(英文)